Human Experience

公開日:2019.09.05

五反田が渋谷に代わる「ITベンチャーの聖地」へ

東京・五反田エリアが今、ITベンチャーの集積地としてにわかに注目を集めている。2018年7月、五反田に本社を置くITベンチャー6社によって一般社団法人「五反田バレー」が設立され、品川区との連携協定を締結した。現在正会員は約30社(2019年7月時点)。企業集積を進めることで五反田地域の課題解決に向けて協働するとともに、地域のブランド価値向上を図るという。

次世代の働き手が街のブランド価値を高める

五反田にITベンチャーが集結

五反田バレーの理事企業の1社である株式会社よりそうは2017年3月に高田馬場から五反田へ移転してきた。目的は「他のITベンチャーと交流を深めること」。よりそう 広報 髙田 綾佳氏は「ITベンチャーは可能な限り情報やノウハウ等を共有することで事業成長を加速させるという文化がある」と説明する。

いわゆるサラリーマンご用達の「赤ちょうちん」で若者たちが交流を深める姿を頻繁に見かける。五反田には気軽に利用できる飲食店や飲み屋が多い点も企業交流を後押しする。髙田氏は「企業のロゴ入りTシャツを作るITベンチャーは多く、街中や飲食店等で出会ってもどの会社に所属しているのか一目でわかるので会話の糸口になる」と述べ、こうした従業員個々の繋がりが企業同士の交流に発展し、五反田バレーの設立に繋がった。

五反田バレーが発足したきっかけは、理事企業6社に広報担当が在籍し、広報業務の勉強会を始めたことがきっかけだという。勉強会の中で、五反田にITベンチャーが多数存在することが話題になり、ITベンチャーの受け皿となる組織を作れば、より多角的な取り組みが可能になるのではとの考えに至った。組織を活かした取り組みとしては、エンジニアの勉強会をはじめ、IT業界で喫緊の課題となっている「採用難」の解決が挙げられる。求職希望の若手エンジニアを対象に、五反田バレー会員企業のオフィスや飲食店を「はしご酒」で回り、企業と求職者のマッチングを行う「エンジニアはしご酒オフィスツアー」なるイベントを実施。採用活動の効率性や求職者への訴求力の拡大が狙いだ。

ITベンチャーが集う3つの理由

五反田にITベンチャーが集積するようになった理由について、髙田氏は3つの理由を挙げる。キーワードは「賃料」、「交通利便性」、「職住近接」だ。

「賃料」については渋谷のオフィス市況が関係している。東京屈指のIT集積地・渋谷では現在複数の大規模再開発が同時並行で行われている。特に駅周辺部では「渋谷ストリーム」、「渋谷スクランブルスクエア」、「渋谷フクラス」などAグレードオフィスビルが立て続けに開発されており、新たに印象的なスカイラインを形成する。これらの大量のオフィス床供給に伴い、Google、Cyber AgentなどITテック系大企業を中心に旺盛な需要が喚起されており、エリア内の低空室率を背景に賃料も高値圏でなお上昇傾向にある。高騰する渋谷の賃料水準についていけず、賃料が値ごろな五反田にITベンチャーが集まるようになった。ITスタートアップのニーズが高い20-30坪のオフィス床の場合、渋谷は坪単価2万5000円程度。一方、五反田は坪単価1万2000円程度で、半額以下に抑えられる。人材採用も含めて事業領域に集中投資し、賃料等の固定費はなるべく抑制したいというベンチャー企業ならではの懐事情に合致した。加えて、個人保有のオフィスビルが多く、将来性を加味して入居審査を行うオーナーが多いこともベンチャー企業の都合に合致する。

五反田駅からJR山手線の2駅先には東海道新幹線の発着駅でもある品川駅の存在が「交通利便性」において大きなアドバンテージになる。例えば、よりそうの中核事業はITを通じて葬祭サービスを提供しており、営業担当は全国各地へ訪問するケースが多い。新幹線発着駅への至便性を重視する。また五反田には都営浅草線も乗り入れており、羽田空港と成田空港へダイレクトアクセスが可能となる。

「職住近接」については東急池上線の存在が見逃せない。沿線地域の商店街や既存施設、名所等を活用してコミュニティの再生に取り組む「生活名所プロジェクト」を推進しており、リーズナブルな家賃水準も相まって若年層が好む居住地へと変貌を遂げている。五反田駅は始発・終着駅となり、五反田バレーの会員企業のスタッフも池上線沿線に居住しているケースが多いという。会員企業の中には、五反田周辺に居住する従業員に対して手当制度を設ける等、企業側も「職住近接」を奨励している企業も存在するという。

同じIT集積地でも渋谷とは異なる

オフィス街とは異なる五反田にITベンチャーが集積する動きは、2000年初頭の「ビットバレー」ブームに沸いた渋谷を想起させ、「Next渋谷」と期待する声も聞こえるようになったが、同じIT集積地といえども渋谷と五反田の特長は大きく異なる。現在の渋谷はサイバーエージェントやDeNA、GMOグループ、ミクシィといった「メガベンチャー」存在感が際立つが、五反田は従業員規模100人未満のベンチャーが大半。また、渋谷のIT大手はスマートフォンゲーム等のエンタテイメントやモバイル決済サービス等の金融サービスを提供しているが、五反田バレーでは課題解決型のITサービスを提供している企業が多い。かつて「ソニー村」と呼ばれた五反田には「モノづくりの街」としての歴史があり、髙田氏は「こうした地域特性に引き寄せられ、課題解決型のITベンチャーが集まっているのではないか」と推測する。

五反田に大型再開発は必要?

目下の課題としては、ITベンチャーの爆発的な事業成長に見合った大型オフィスビルが不足している点が挙げられる。従業員数が20人―30人規模であれば手ごろなオフィスはすぐ見つかるが、髙田氏によると「100人を超えると五反田でオフィスを探すのに苦労するという話はよく耳にする。拡張移転のため五反田を離れたIT企業も存在する」という。大崎に移転した有機野菜のインターネット販売事業等を展開するオイシックス(現オイシックス・ラ・大地)や、銀座に移転した顧客体験プラットフォームを開発・提供するプレイド等が拡張移転を機に五反田を「卒業」した。

この「床不足」問題も「ビットバレー」ブーム当時の渋谷を想起させる。事業拡大したITベンチャーの受け皿となる大型オフィスビルが不足し、六本木等の他エリアへ企業流出が続いた反省が現在の再開発を後押ししている。一方、五反田では「ゆうぽうと」跡地に延床面積約66,000㎡、高さ100m程度、地上20階地下3階建てのオフィス主体の複合ビルの開発が予定される他、複数の建替えが水面下で進んでいるという。成長した企業を五反田につなぎとめるための新規開発も今後増え、都市機能は向上するだろう。

しかし、再開発が進むことで従前積み上げてきた街の雰囲気が失われるほうが「ITベンチャー集積地」としての価値を損なう可能性が高い。世界主要都市のITスタートアップ集積地を調査しているJLL日本 リサーチ事業部 赤城 威志は「従業員数が少ないスタートアップ企業の場合、最優先されるのは事業成長であり、固定費や通勤時間という『無駄』を削除する意味でも『低賃料』や『職住近接』が好まれるが、従業員数が100人を超えてくると別の成長課題に直面する。企業ブランドの向上や労働環境における従業員満足度などが該当するだろうが、これらを満たすのは、より機能的かつ刺激のある都心オフィス街となる。個人的意見だが、五反田は、多様性に富むそのエリア特性と相まって値ごろな賃料が1つのアドバンテージとして起業家を招き入れ、数多くのスタートアップ企業を育むインキュベーターとして、東京という都市ひいては日本全体の長期的成長を担う重要な街であり続けるべきではないか」と提起する。

これまで以上に企業集積を進めるためには大型オフィスビルの整備は必要不可欠だが、起業家やITベンチャーが健やかに成長できる「保育器」としての役割こそ五反田の魅力であると考えられる。JLL日本 マーケット事業部 千福 英樹は「成長して『五反田』を卒業した企業が増えるほど、五反田に憧れを持つ起業家が増え、ブランド価値が高まることになる」と指摘する。再開発によって人工的に生み出されたオフィス街は、ITベンチャーにとって決して住みよい場所とはいえないのかもしれない。

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